ドクターコラムDoctor Column

糖尿病患者さんのシックデイルール
(病気時の対処法)

 糖尿病患者さんは風邪や胃腸炎などの急性の病気にかかったり、大きな怪我や強い精神的なストレスの状態になると血糖のコントロールが不安定になりやすく、重症の急性合併症(糖尿病性ケトアシドーシスや高血糖高浸透圧症候群など)に進展してしまう可能性があります。このため、このような病気や状態のときをシックデイ(sick day、病気の日)と呼んで、糖尿病患者さんに特別な注意をするように促しています。
 シックデイ時にはコルチゾールやカテコラミンなどのストレスホルモンの分泌が促進します。ストレスホルモンは急性期における体の障害の防御に役立つ面がある一方で、インスリンの働きを弱めるため血糖値が上昇します。糖尿病でなければ血糖の上昇に応じてインスリンの分泌が増えるものの糖尿病の患者さんではそれが不十分であるため血糖値が高くなります。その反対に、シックデイ時には食欲が低下していつも のように食べられないことが多く、いつも通りに薬を飲んだり注射をすると低血糖が起きてしまいます。

シックデイ時の家庭での対応の基本をシックデイルールといいます。

(1)体力の消耗を防ぎ、病気に対する抵抗力を保つために安静と保温に努めて下さい。
(2)可能な限り水分、炭水化物を摂取して下さい。

 水分は1日約1500mL必要ですが、水の他に電解質の補給も兼ねて味噌汁、野菜 スープ、果物ジュース、スポーツドリンク、経口補水液など様々な手段で補給して下さい。糖質の多い清涼飲料水や糖質入りスポーツドリンクはとりすぎず、消化管に悪影響を及ぼす恐れのある牛乳や炭酸飲料は避けて下さい。シックデイ時にはいつも通りの食事療法を守る必要はありません。糖質摂取不足になると脂肪やたんぱく質の分解が起こりケトン体産生が亢進して糖尿病性ケトアシドーシスのリスクがでてきますので、お粥やうどんなどの消化の良い炭水化物を摂取して絶食状態にならないようにして下さい。

(3)数時間おきに病状の把握に努め、受診の判断をして下さい。

体温、血圧、脈拍、体重、食事量、自覚症状の有無を自己チェックして下さい。急激な体重減少は、脱水が起きている可能性が疑われ要注意です。血糖や尿糖の自己測定が可能でしたら3~4時間ごとに測定してください。血中や尿中ケトン体測定が可能でしたら、糖尿病性ケトアシドーシスの前兆をつかめます。

(4)インスリン療法をしている方は、たとえ食事を取れなくても自己判断でインスリン注射を中止してはいけません。前もって対処法を主治医と相談して下さい。

① 基礎インスリン(中間型や持効型インスリン)は継続が原則です。
② 追加インスリン(速攻型や超速攻型インスリン)は食事量や血糖値に応じて投与量を調整します。さらに、血糖自己測定を数時間おきにおこない、血糖値に応じて追加インスリンを投与することを繰り返して下さい。

(5)インスリン注射以外の糖尿病治療薬は、薬によって減量や中止を考慮します。 配合薬や週1回製剤の薬もありますので、前もって対処法を主治医と相談して下さい。一般的な原則を下記に示します。

① 速やかに服用を休薬すべき薬剤

  • ビグアナイド薬:メトグルコ・メデット(メトホルミン)
    シックデイに伴う脱水により乳酸アシドーシスという重篤な合併症を起こす可能性があります。
  • SGLT2阻害薬:ジャディアンス、フォシーガ、カナグル、スーグラ、ルセフィ、デベルザ
    尿中に糖を出す薬なので脱水を強める作用があります。

② 食事摂取量に応じて調節する薬剤

  • スルホニル尿素薬:アマリール(グリメピリド)、グリミクロン(グリクラジド)、オイグルコン、ダオニール
    食事摂取量がほぼ全量のときは普段と同じ量、半分程度のときには半量、ほぼ取れないときは休薬して下さい。
  • 速攻型インスリン分泌促進薬:スターシス、ファステック、グルファスト、シュアポスト
    スルホニル尿素薬と同じ基準で調節してください。食直前に内服する薬ですが、シックデイ時には食直後に内服しても構いません。

③ 嘔吐、下痢などの消化器症状が強く、食事摂取ができない時に休薬すべき薬剤

  • αグルコシダーゼ阻害薬:ベイスン(ボグリボース)、セイブル、グルコバイ
    消化器症状を悪化させる可能性があります。
  • チアゾリジン薬:アクトス(ピオグリタゾン)
    中止してもしばらく作用が持続し血糖値に大きく影響しません。
  • DPP-4阻害薬:ジャヌビア、エクア、テネリア、トラゼンタ、ネシーナ、オングリザ、スイニー、ザファテック、マリゼブ
    ある程度食事が取れるなら服用しますが、食事が全く取れないときは血糖降下作用が少ないことが予想されます。
  • GLP-1受容体作動薬:ビクトーザ、バイエッタ、リスキミア、トルリシティー、ヒュデリオン、オゼンピック、リベルサス、GIP/GLP-1受容体作動薬:マンジャロ
    シックデイ時の統一した対処法は決まっていません。休薬をしたあと、速やかに主治医に連絡して指示を受けて下さい。

以下の場合には速やかに医療機関を受診してください。

  1. 高熱が続いたり、消化器症状(腹痛、嘔気・嘔吐、下痢など)が強いとき
  2. 24時間以上にわたって経口摂取ができない、または著しく少ないとき
  3. 血糖値350mg/dL以上が続くとき
  4. 血中ケトン体高値または尿中ケトン体強陽性のとき
  5. 意識状態の悪化が見られるとき

副院長 : 能戸 久哉

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